わたしの生理

生理の状況や感じ方は、人それぞれ。表に出てきづらいデリケートでプライベートなことだからこそ、ひとりひとりの生理の経験、心の声に耳を傾けることで、自分を大切にするきっかけに。生理を通して半生を綴るインタビュー。

わたしの生理 Vol.044 - 重い生理と PMSに苦しんだ私が 月経のウェルビーイングに向かうまで

ゆか 21歳 Toyo-MeW プロジェクト 代表

初経:小学5年生(10〜11歳)

現在の平均生理日数:4〜7日(低容量ピル服用中)

現在の平均生理周期:120日(低容量ピル服用中)

現在使っているサニタリーグッズ:使い捨てナプキン、おりものシート


- 生理はどんな日ですか?

苦痛


- 生理と聞いて浮かぶイメージは?


- これから生理を軸にご自身の半生をふりかえっていきたいと思います。初経はいつですか?どんな風に覚えていますか?

初めて生理が来たのは、小学5年生のときでした。場所は自宅だったと思います。既に、姉は生理を経験していて、母と姉から「生理っていうものがこれから始まるんだよ」「ナプキンを使うんだよ」と、事前に教えてもらっていたので、トイレで真っ赤な血を見たときも、大きな驚きはありませんでした。「ああ、お母さんたちが言ってたのはこれなんだ」という感覚で、自然に受け入れました。

その場で母を呼んで生理が来たことを伝えると、「じゃあ教えた通りにやってみよう」と言われ、自分でナプキンをつけて、日常の延長のような出来事として始まりました。


- 小学生の頃、生理はどんな存在でしたか?

初経から、私の生理はとても重たいものでした。経血量が多く、ナプキンがすぐいっぱいになり、よく漏れてしまう。布団を汚してしまうことも当たり前でした。

生理痛も非常に強く、動けなくなって、うずくまって泣いてしまうほど。市販の鎮痛薬を飲んで、多少は治まるけれど、それでも痛い。それが毎回でした。

経血量が多いだけでなく、一週間以上だらだらと出血が続くこともありました。終わったと思ったら、また出るという状態を繰り返すこともありました。

とてもつらかったのですが、そういうものだと受け入れてひたすら耐えていました。

一方、母や姉より明らかに生理が重く、生理不順もあったため、「一回、病院に行ってみよう」と心配した母に促され、婦人科を受診することになりました。女性医師のいる婦人科のクリニックを母が見つけてくれて、付き添われ、受診しました。

問診とエコー検査を行いましたが、子宮や卵巣に異常は見つかりませんでした。
医師からは漢方薬を勧められましたが、もともと薬が苦手で、特に漢方の匂いと味がどうしても受け付けず、服用は断って帰宅しました。

病院に行っても明確な原因がわからなかったこともあり、その後は特に治療を続けることはありませんでした。その後も、毎月、痛みに耐え、漏れを気にしながら過ごすつらい生理が続きました。

この頃、生理で学校を休むという発想はなく、痛みを抱えたまま通学していました。


- 小学校での出来事で印象に残っていることはありますか?

6年生になると、プールを見学する女子生徒が一気に増えました。そんなある日、男性の担任の先生が、見学している女子のところに来て「つらいか?」と声をかけてきました。

先生としては配慮のつもりだったのかもしれませんが、その言葉に強い違和感を覚えました。「なんでそんなことを言われなきゃいけないんだろう」「そんなふうに言われたくない」。その場の空気も含め、強く嫌な記憶として残っています。

私には父と弟がいますが、2人とも直接言葉にするタイプではなく、行動で優しさを示す人たちでした。だからこそ、男性の口から生理の話題を向けられたこと自体が初めてで、強い抵抗感があったのかもしれません。

今もなお、生理について男性から直接言われると、無意識に身構えてしまう感覚が残っています。
現在は、月経をめぐるウェルビーイングを考える東洋大学の団体「Toyo-MeWプロジェクト」の代表として活動し、月経にまつわる取り組みの中で、男性メンバーと生理の話をする場面もあります。頭では「一緒に考えていくことが大切だ」と理解しているし、実際に対話を重ねる中で、相手の姿勢に救われることも多い。それでも、心のどこかに小学生の頃の体験が残っており、自分に向けて直接語られると、ふと身体がこわばるような感覚が消えきりません。

- 中学生になると、生理の状況は変わりましたか?

中学校に入ると、生理周期は少しずつ安定し、7日程度で終わるようになってきました。ただし、症状はむしろ悪化しました。痛みはさらに強くなり、経血量もとにかく多い。

夏服の制服は薄い水色のスカートで、少しの漏れでも目立ってしまう。ジャージで隠すことも多くありました。スパッツを履いたりいろんな防御策をとっても、漏れてしまう不安は消えませんでした。生理痛が強すぎて立てない日もあり、学校を休んだこともあります。

部活動は吹奏楽部。座っている時間が長い分、運動部よりは楽な面もありましたが、長時間座っているとナプキンのムレの気持ち悪さを抱えてたり、力を入れて音を出した瞬間に経血がドバッと出ると感じることもありました。一日練習がある日に生理が重なると、本当につらかったです。

当時はタンポンの存在すら知らず、家族もナプキン派だったため、選択肢はナプキン一択でした。


- 高校生になると、体調や生理との向き合い方はどう変わりましたか?

高校に入ると、これまで効いていた市販の痛み止めが効かなくなりました。そして生理痛に加えて、PMSの症状も出現。生理前になるとコントロールできない強いイライラと、全身が膨らむような感覚があらわれて、地獄でした。

当時はPMSという言葉も知らず、「イライラするのは生理のサイン」くらいの認識でした。家族に当たってしまうこともあったのですが、次第に家族も状況を理解し、PMSの時期はそっと距離を取ってくれるようになり、ありがたかったです。

痛み止めが効かなくなったことについては、母に相談。ドラッグストアに売っていた生理痛専用の薬を買ってきてくれました。おかげで、少し痛みが楽になりました。ただ、その薬は値段が高く、毎月消費するのに、自分だけこんな高い薬を専用で買ってもらって申し訳ない気持ちでした。気にしなくていいんだよと薬を用意してくれた母には感謝しています。

高校ではボランティア部に所属していましたが、コロナ禍で活動自体が少なく、身体的な負担は中学ほど大きくありませんでした。修学旅行などの大きな行事に生理が重なることもありませんでした。


- 大学進学と一人暮らし。生理との付き合い方に変化はありましたか?

高校卒業後、上京して一人暮らしを始めました。ナプキンも自分で選ぶようになり、肌ざわりを最重視するようになりました。刺激が少ないもの、長さが十分な夜用ナプキンなどを中心に、いろいろ試すようになりました。

生まれ育った沖縄に比べると、東京は湿度が低いので、蒸れによる不快感がかなり軽減されました。沖縄時代は、デリケートゾーン用のかゆみ止め軟膏が欠かせなかったのですが、だいぶ楽になりました。

大学では国際学部に進学しました。途上国支援やボランティアに関心があり選びました。専門的に学ぶ中で理想と現実のギャップを知り、一度立ち止まりました。その後、大学内の研究プロジェクト「Toyo-MeWプロジェクト」に参加し、生理用品の無償配布など、月経をめぐるウェルビーイングを考える活動に関わるようになりました。

Toyo-MeWプロジェクトに惹かれた背景には、高校時代のボランティア経験があります。沖縄県で「学校のトイレに生理用品を設置する」という取り組みが始まり、ボランティア部としてその設置やポスターづくりに関わっていました。けれど、活動の途中で卒業を迎え、やりきれなかった感覚が残っていました。

大学に入学してトイレにナプキンやタンポンが設置されているのを見たとき、「続きがここにあった」と直感的に感じました。高校で途中になっていた取り組みを、もう一度ちゃんと続けられる場所だと思えたことが、Toyo-MeWプロジェクトに参加するきっかけのひとつになりました。


- 大学1年の夏、再び体に大きな変化が起きたそうですね。

大学1年生の夏、環境の変化や一人暮らしの影響もあってか、生理不順が再発します。数日休んではまた出血する、という状態が3か月ほど続き、不安が募りました。

痛みよりも「この状態は異常だ」という焦りが大きく、自分でレディースクリニックを探して受診しました。検査の結果、ホルモンバランスの異常が数値として確認されました。

漢方はどうしても苦手だったため、自ら低容量ピルを希望し、服用を開始しました。最初は1か月タイプで様子を見て、副作用や血栓症の問題がなかったため継続。
さらに「生理の回数自体を減らしたい」と考え、現在は4か月に1回の周期にコントロールできる低容量ピルに変更しました。


- ピルを飲み始めて、今の生活はどう変わりましたか?

ピルの服用によって、経血量や生理痛、PMSも驚くほど軽くなりました。以前は、腹痛・腰痛・頭痛・吐き気などが重なり、日常生活が成り立たないほどでしたし、高校3年時にはヘルニアも重なり、着替えすらできないほどの痛みを経験しました。

当時のつらさを思い出せなくなるほど、日常の質が大きく変わりました。
一方で、「もしピルが飲めなくなったらどうしよう」という新しい不安も生まれています。


- 生理をふりかえって、いま何を思いますか?

振り返ると、「とにかくきつかった」という記憶が大半を占めています。大量出血、激しい痛み、毎回泣いてしまうほどのつらさ。もうあの頃には戻りたくないし、戻れる自信もありません。

今は知識を得て、自分に合う選択肢にたどり着けたことで、ずいぶん楽になりました。それでも、あの苦しかった時間が確かに自分の中に積み重なっていることを感じています。


注釈:「わたしの生理」では、いろんな世代・環境の方が、生理とどのように向き合って暮らしてきたのか記録し共有することで、隠されがちな生理を考えて話すきっかけにしたいと取り組んでいます。特定の商品やサービスまたは対処法を推奨するものではありません。掲載されている内容はその方個人の体験ですので、気になる症状がある際はご自身で医療機関にご相談ください。

 


murmoの月経カップ

商品情報はこちら
Click