わたしの生理 Vol.043 - 子育てに追われる毎日でも、ピルと月経カップをそばに。楽を選ぶ、生理との付き合い方
Rie 44歳 起業準備中
初経:中学2年生(14歳)
現在の平均生理日数:4日(低容量ピル服用中)
現在の平均生理周期:28日(低容量ピル服用中)
現在使っているサニタリーグッズ:月経カップ(murmo)、使い捨てナプキン
- 生理はどんな日ですか?
生理中はなんともないけど、生理前はイライラしたり、夫に八つ当たりしたり、子どもを叱ってしまうときがある
- 生理と聞いて浮かぶイメージは?
不機嫌な女性
- ここから、生理を軸にご自身の半生をふりかえっていきたいと思います。初経はいつですか?どんな風に覚えていますか?
初経は、中学2年生の冬でした。部活から帰ってきて、こたつでゴロゴロしていたら、いつもとちがう感覚があり、トイレに行きました。たくさん血が出ていて、生理が来たことを自覚しました。
すぐにトイレから「お母さーん!」と母を大きな声で呼んで、生理がきたことを伝えました。母が生理用のショーツとナプキンをくれて、それをつけて過ごすようになりました。周りの友達や姉にはすでに生理が来ていたので、「私にも生理が来たんだ」という気持ちで、感慨深かったですね。
特別なお祝いのようなものはありませんでしたが、後日、母から「お父さんにも言っておいたからね」と言われたことが印象に残っています。「生理って、お父さんに報告するものなんだ」と思ったことを覚えています。
生理が来るまで、生理のことを家族と話すことは特にありませんでした。もともと、家では性や生理の話題がほとんど出ない家庭でした。学校でも、ナプキンを持ってトイレに行く友だちはいましたが、生理について話すことは特になく、自然と「そういうもの」として過ごしていたと思います。
当時の私は成長が遅い方で、背も小さく、体も細くて、中学2年生でも小学生のような体つきでした。周りから幼いと言われることはあっても、自分自身はそれをあまり気にしていませんでした。
ただひとつ、忘れられない出来事があります。
中学2年生のとき、男性の先生に、授業中にクラスメイトの前で「お前の胸はまな板だな」と言われたことです。同じ学校に通っていた姉の存在もあり、その妹として先生から声をかけられることが多かったこともあってか、そんな風に言われてしまい、恥ずかしかったけれど、その場では「まあいいか」と流していた自分もいました。
30年前のことで今と違う時代でしたが、本当にひどい言葉だと今は思います。
生理が始まってから、高校2年生くらいまでの間に、身長は15〜20センチほど伸びました。成長期が、生理とともにゆっくりやってきた感覚です。
中学生のころの生理自体は、量も多すぎず少なすぎず、痛みもほとんどなく、困ることはありませんでした。修学旅行で、友達が生理で大変そうにしている姿を見て、「生理って、こんなに人によって違うんだ」と初めて実感したくらいです。
- 高校での生理の変化はありましたか?
地元の高校に進学しました。生理は中学のときと変わらず、記憶に残ってないくらい問題のない生理でした。
- その後はどんな道に進みましたか?身体や生理に変化はありましたか?
高校卒業後、映画制作の専門学校に入学し、上京しました。専門学生時代も特に生理に大きな変化はないのですが、たまにお腹がちょっと重いと感じることがあったと思います。でもこの頃はまだ痛み止めを飲むこともなく、ちょっとしたものでした。
もうひとつ変化がありました。生理前になるとすごく眠くなるようになったんです。眠くて仕方ないと思っていたら生理が来るというパターン。高校卒業後から20代中盤ぐらいまで続きました。生理前にイライラすることもあったと思うのですが、自己完結できるくらいで大したことはなかったです。
2年半、専門学校に通って中退し、カナダへワーキングホリデーで1年間留学しました。よく環境が変わると生理に変化があると言いますが、私は生理がずれたり、変調をきたすことはまったくなかったです。健康だったんだと思います。
カナダへは日本の生理用品を3ヶ月分ほど持っていきました。足りない分は友達が日本から来る時に持ってきてもらっていました。当時(約20年前)のカナダのナプキンは羽がなくてゴワゴワしていた印象です。
帰国してしばらくして、23、24歳の頃に音楽業界の会社へ就職して、社会人としてのスタートを切りました。
- 社会人になって、生理に変化はありましたか?
一番大きい変化は、経血量が増えたことです。大きいサイズのナプキンでも漏れてしまうようになりました。同じ部署にはおじさんしかおらず、仕事中に生理用品の入ったポーチを持って頻繁にトイレに行くのも恥ずかしく感じて、漏れ対策とトイレに行く頻度を減らしたいと思って、この頃からタンポンを使うようになりました。
量が増えた原因はわかりませんが、ストレスが影響していたかもしれません。ECサイトの運用など、自分が作ったものが世の中に出て責任が問われる仕事によるプレッシャーが、当時24歳だった自分には負荷になっていたと思います。生活自体は、それまでの生活に比べて規則正しいライフスタイルになったので、生活習慣自体は問題なかったと思います。
それと生理痛が前よりも少し重くなりました。痛み止めを飲み始めたのも働き出してからです。それでも毎月ではなく、婦人科を受診するほどではなかったです。婦人科へは20代半ばから、年に1回の婦人科検診は欠かさず受けていました。母と祖母が婦人科系の病気を患ったことがあったので、なにかあっても早期発見できるように、今でも毎年受けています。
プライベートでは、26歳で結婚をしました。結婚後も、夫婦ともに仕事中心の忙しい生活でした。
- 30代になってから、変化はありましたか?
31歳ぐらいで派遣社員として別の会社で働き始めたのですが、その職場でピルを飲んでいる女性に初めて出会いました。彼女は生理痛が重いこと、そして「いい卵を守りたい」という理由でピルを飲んでいたんです。その話を聞いて、私もそろそろ子どもが欲しいなと妊活のことを意識し始めました。
ですが、子どもに関する価値観が当時の夫と異なっていて、「このまま子ども不在で二人で生きていくのであれば、一人で生きていった方が楽だ」と思うに至り、36歳のときに離婚をしました。
その後、ご縁があって子どもを授かり、再婚しました。
妊娠中は、つわりも出血もなく、順調に過ごしました。コロナ禍で仕事もリモートワークだったことも、ありがたかったです。
一方、39歳での初産というTHE 高齢出産なので、出産はすごく心配でした。だからNICUがあるなど設備の整った病院で出産したいと考え、病院に問い合わせたところ、私の年齢を聞いて「全然大丈夫ですよ」と軽く言われて、ホッとしました。無痛分娩を選びましたが、結果的に鉗子分娩となり、出血多量で輸血も経験しましたが母子共に無事でした。
無痛分娩については、賛否があると思いますが、穏やかに赤ちゃんが出てくるのを待つような感覚で、私は選んでよかったと思っています。コロナ禍だったこともあり、夫すら立ち合いできず、先生や看護師さんもずっと付いているわけじゃないので、一人で過ごす時間が長く、マイペースに過ごせたこともよかったです。痛みは出産のときよりも、出産で裂けた会陰の抜糸の方が痛かったです。
- 出産後の生理、そして40代になってから、身体に変化はありましたか?
仕事復帰のことも考え、授乳を3ヶ月でやめたところ、産後5ヶ月目には生理が再開しました。
生理が再開した時に婦人科を受診しました。二人目は考えていなかったことと 、小さい子どもを育てながら重い生理が来るのは不安だと思い、低容量ピルを飲み始めました。
ピルのおかげで、経血量も減ってすごく楽な生理になりました。
ピルを飲み始めてから1年半ほど経った頃、仕事が忙しく婦人科に行く時間が取れず、ピルがなくなって生理が来てしまったことがあります。溢れて漏れるくらいの経血が出て、ピルを飲まないときの量の多さに我ながら驚きました。このときにピルのありがたさを改めて感じ、どうにか時間を確保して婦人科へ行き、それから現在までピルを飲み続けています 。ピルを飲むことで、生理が来るタイミングが明確にわかること、量をコントロールできることにメリットを感じています。
ただ、今44歳で血栓症のリスクも高いため、処方された別の薬も飲みながらピルを服用しています。さらに3ヶ月に一度、血液検査で数値をチェックし、食事指導なども受けて、その上で病院で処方してもらっている状況です。
あと、今はピルを服用しながら、生理用品はマーモの月経カップを使っています。マーモで初めて月経カップを使いましたが、思ったよりするっと入って使えました。小さい子どもがいると、自分の生理なんて構ってられないので、月経カップはすごく楽です。
- 生理をふりかえって、いま何を思いますか?
母は、生理の影響で気持ちのコントロールが難しかった人でした。父も仕事でほとんどいなかったので、その矛先が子ども等に向かっていました。その姿を見て育ったからこそ、「自分もそうなるのでは」という不安がありました。でも、振り返ってみて、自分はそこまで大きく振り回されずに済んで、よかったと思います。
注釈:「わたしの生理」では、いろんな世代・環境の方が、生理とどのように向き合って暮らしてきたのか記録し共有することで、隠されがちな生理を考えて話すきっかけにしたいと取り組んでいます。特定の商品やサービスまたは対処法を推奨するものではありません。掲載されている内容はその方個人の体験ですので、気になる症状がある際はご自身で医療機関にご相談ください。
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