わたしの生理

生理の状況や感じ方は、人それぞれ。表に出てきづらいデリケートでプライベートなことだからこそ、ひとりひとりの生理の経験、心の声に耳を傾けることで、自分を大切にするきっかけに。生理を通して半生を綴るインタビュー。

わたしの生理 Vol.041 - 生理は“困らないもの”だと思っていた それでも揺れていく私の身体 選び方ひとつで、生理はもっと自由になる

S.Mさん 25歳 大学院生

初経:小学4年生(10歳)

現在の平均生理日数:6日

現在の平均生理周期:37日

現在使っているサニタリーグッズ:月経カップ(murmo)、ナプキン、タンポン


- 生理はどんな日ですか?

面倒臭い


- 生理と聞いて浮かぶイメージは?


- ここから、生理を軸にご自身の半生をふりかえっていきたいと思います。初経はいつですか?どんな風に覚えていますか?

小学4年生、10歳のときでした。学校のトイレで下着をおろしたら、赤いものがついていて、「あ、来たな」と思いました。驚いたというより、“ついに自分にも来た”という実感のほうが強かったように思います。

偶然、母の生理の様子を目にしたことがあったり、三姉妹という家庭だったので、女の子の身体についての本が家に置かれていました。そういう環境があったので、生理がどういうものかをなんとなく知っていて、「怖いもの」「突然の異変」という感覚はありませんでした。

出血は少量で、洋服まで汚れることもなく、その日は保健室に行ってナプキンをもらい、普通に授業に戻りました。

家に帰って母に「来たよ」と伝えると、母は「ああ、そうなのね」くらいな感じで、特別なお祝いをするのでもなく、日常の一つの出来事として扱ってくれたように思います。

当時、周りの友達の多くはまだ生理が来ていなくて、私は少し早かったのですが、そのことに特別な感情はありませんでした。生理が始まっていた仲良しの友達とは「始まったよ」と自然に話せました。「どれくらいで替えるの?」「出てる瞬間って分かる?」なんて会話をしたことを覚えています。

私は生理痛もまったくなく、周期が乱れることもあまりなかったと思います。記録をつける習慣はありませんでしたが、「だいたいこのあたりで来る」という感覚で過ごしていました。スマートフォンもまだない時代で、特に管理していたわけではありません。

小学校では、ナプキンを入れるためのチャック付きの布製のケースが流行って、“どうやって生理用品を持ち歩くか”を、少し楽しみながら考えていました。女子だけの小さな世界があって、その中で生理は、少し大人っぽい話題のひとつだったように思います。

小学生の3年間、生理に困ることはほとんどありませんでした。


-  中学生時代の生理について教えてください。

中学生になっても、私の生理はほとんど変わりませんでした。痛みもなく、量もそんなに多くなく、周期も安定していて、特に困ることはありませんでした。

ただ、周りの様子が少しずつ変わっていきました。ものすごく重い子、量が多くて悩んでいる子、しばらく生理が止まっている子など...中学生になると生理にまつわる悩みが、人それぞれ違うということを初めて実感しました。

私の話ではないのですが、印象に残っていることがあります。始業式の日だったと思うのですが、体育館に生徒が集まって式に出ていたときに、薄い夏服のスカートが真っ赤に染まってしまったクラスメイトがいました。そのときは、見えない様に女子生徒で周りを囲んで移動しました。男子が冷やかすのではと思ったけど、そういったこともなかったです。割と仲のいいクラスで、自然と団結して助け合えました。

中学生の頃の私は、生理があること自体にあまり悩みがなく、友達の話や失敗を聞くことで、少しずつ“自分もいつか同じようなことが起きるかもしれない”と意識し始めた時期でした。


-  中学を卒業してどんな変化がありましたか?

高校は地元の進学校に進みました。 部活動はオーケストラ部に入部し、そこからはまさに「勉強と部活と塾」に追われる日々が始まりました。

朝早く起きて学校へ行き、部活をして、そのまま塾へ。 睡眠時間は毎日6時間ほど。 土日も部活があったので、「寝だめ」をすることもできず、いま振り返れば体力的にかなり負荷のかかる生活を送っていたなと思います。

けれど不思議なことに、そんな忙しい毎日の中でも、私の生理は驚くほど安定していました。生活リズムが乱れても、睡眠が足りなくても、周期が大きく乱れることはありませんでした。 

唯一、高校生の頃から、ひとつだけ気になっていた感覚があります。お腹や腰ではなく、“出る場所が痛い”ような、恥骨の内側がズンとするような痛みです。よく聞く生理痛と違って、「なんだろう、ここが痛いって普通なのかな?」と思いながら過ごしていました。それでも、痛み止めを飲むほどではなく、ただ「ちょっと嫌だな」と思うくらいのものだったと思います。

周りの友人が生理痛に苦しんでいたり、周期の乱れに悩んでいる姿を見ていたので、 「自分は丈夫なほうなんだな」 と、どこか他人事のように感じていたのを覚えています。

このころはまだ、自分の身体が悲鳴を上げることも、変化することもあるなんて、想像もしていませんでした。生理に変化が起きたのは、大学生になってからです。


-  大学生になってどんな変化があったんですか?

高校を卒業し、農学部に進学、実家を離れて一人暮らしを始めました。

変化が起きたのは、大学1年の夏休みでした。 海外旅行へ行き、昼夜逆転のような生活をして帰国したとき、初めて生理がずれたんです。生理が1ヶ月遅れました。

「あれ、来ないな?」 最初は不思議に思っていましたが、1ヶ月遅れで自然ときたので、特に対処はしませんでした。 私の身体も環境やストレスの影響を受けるんだと実感しました。それからは、テスト期間で忙しかったり、アルバイトで無理をしたりすると、1週間から1ヶ月近く遅れることが増えていきました。

生理周期以外にも変化がありました。腰が重くなったり、どうしようもない眠気に襲われたり、いくつか生理にまつわる不調が出るようになったんです。 母や姉が「大人になってから痛みがひどくなったタイプ」だったと聞いていたので、 「ああ、私もやっぱりその道を通るんだな」 と、妙に納得しました。

大学生になり、バイトを始めました。飲食店などで働いたのですが、 6時間ぶっ通しで休憩を取れないこともあり、生理中はナプキンを替えられない不安が常にありました。この不安はタンポンを使うことで楽になりました。

タンポンを使い始めたきっかけは小学校の同級生と再会したときに「タンポン、めっちゃいいよ」と勧められたことで、大学2、3年生のときだったと思います。

実は中学生のころ、友人の家にお泊まりをしたときに、お布団を汚してしまったことがあったんです。 そのときはごく少量だったので、水で濡らして落とすことができたのですが、そのときの肝が冷えた経験と恐怖心が、ずっと心のどこかにトラウマのように残っていました。

だからこそ、友達からタンポンを勧められたとき、迷わず使ってみようと思えました。 最初は怖かったけれど、使ってみるとその快適さに驚きました。長時間替えられないときや、夜の不安から解放されたことは、私にとって革命的でした。

さらに世界を広げてくれたのは、大学時代のオランダへの留学経験です。仲良くなった日本人留学生が生理に関する学生団体に入っていて、生理のことをじっくり話したんです。深く共有できる友達ができたことも嬉しかったし、吸水ショーツのことなども教えてもらって、生理のことを知る機会に恵まれました。

さらに現地で知り合った人が月経カップを使っているのを聞いて、 「そんな選択肢があるんだ」と思い、月経カップにも興味を持ちました。オランダではドラッグストアに普通に売っていましたね。

帰国後に改めて友人の紹介で、murmoのモニター(東洋大学のToyo-MeWプロジェクトとmurmoの共同プロジェクト)に応募して、月経カップを使う様になり、いまでは私の生理に欠かせない相棒になっています。


-  生理をふりかえって、いま何を思いますか?

「自由に、楽に生きていけるに越したことはない」心からそう思います。

生理というと、どうしても「隠すもの」「敬遠されるもの」というイメージがありますが、私自身は友人や家族とオープンに話すことで救われてきました。 タンポンも、月経カップも、誰かが「これいいよ」と教えてくれたから出会えたものです。

「ああ、あの人もやってるんだ」 「みんなも同じなんだ」

そう思えるだけで、不安な世界が少しだけ心強くなる気がします。 だからこそ、私自身も「これよかったよ」と誰かに伝えたり、知ってもらったりすることで、誰かの生理が少しでも楽になったらいいなと願っています。


注釈:「わたしの生理」では、いろんな世代・環境の方が、生理とどのように向き合って暮らしてきたのか記録し共有することで、隠されがちな生理を考えて話すきっかけにしたいと取り組んでいます。特定の商品やサービスまたは対処法を推奨するものではありません。掲載されている内容はその方個人の体験ですので、気になる症状がある際はご自身で医療機関にご相談ください。

 


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