わたしの生理 Vol.030 - 「生理をルーティン化しない 「いまのあなたに合うもの」を選んで、心地よく」
木川誠子 フェムケアコンシェルジュ
初経:小学6年生(12歳)
現在の平均生理日数:5日
現在の平均生理周期:30日
現在使っているサニタリーグッズ:吸水ショーツ、オーガニックコットンナプキン、布ナプキン
- 生理はどんな日?
普通の日
- 生理と聞いて浮かぶイメージは?
赤
- ここから、生理を軸にご自身の半生をふりかえっていきたいと思います。初経はいつですか?どんな風に覚えていますか?
はっきりした記憶はないのですが、小学6年生のときだったと思います。わたしは当時から背が高くて、身体の成長は早いほうでしたが、わたしより早く生理がきている子たちの話を聞いていて、「みんなより成長が早いのに、まだ生理が来ていないからそういうものなんだな」と漠然と思っていました。初潮を迎えたときのことはあまり覚えていないのですが、驚いたりはせず「あ、来たんだな」という感じだったと思います。
家の中では、母が父にこっそり伝えていたことはなんとなく雰囲気でわかりましたが、お赤飯が炊かれることもなく、自然と日常に溶け込んでいきました。わたしは4姉妹のうちの2番目で、姉も母もいたので、生理用品は常に見えるところに置いてあるくらいオープンでした。
小学生の頃は軟式野球をやっていて、練習のときに生理痛で見学したことはあった気がします。あと、遠征で県外に泊まりに行くこともあったのですが、その時に生理になったことがありました。でもナプキンを持っていたので特別困ることもありませんでした。
まだ初潮をむかえていなかったときに、祖父母と少し遠出をする機会があり、祖母から「生理はどう?」と聞かれました。突然だったのですごく驚きましたが、祖母は教師だったので、教育的な意識もあったのかもしれません。
- 中学生になって、生活や生理はどうなっていきましたか?
中学生では外部のダンススクールに通っていたのですが、この時期の生理に関する記憶はほとんどありません。生理周期はまだ安定してなかったとは思うのですが、日常生活に支障をきたすほどこまることがなかったのだと思います。
- 中学を卒業してからのことを教えてください
高校生のときが一番「ちょっとお腹が痛くて嫌だな」とか「薬を飲んでおこうかな」と思うタイミングがあったように思います。ナプキンは常に持っていたので、人に借りた記憶はなく、むしろ友達に渡したことの方が多かったです。
ただ、よく保健室に行っていました。生理痛がつらくて休むために行ったこともあると思うのですが、どちらかというと生理的に受け付けられない先生がいて、その先生の授業に出たくなくて保健室に逃げていたことを覚えています。
- 高校を卒業してからはどんな道に進みましたか?生理の変化はありましたか?
高校卒業後は地元の企業に就職しました。実家暮らしでしたが、自分で収入を得られるようになり、この頃から生理用品を自分で買うようになったと思います。
その後、21歳のときに上京して、最初の仕事はカフェでのアルバイトです。深夜営業もしているお店で、深夜シフトに入り、夕方から翌朝まで働いていました。初めての夜勤でしたが、生理周期が極端に乱れることはなかったと思います。ただ、夜勤中のトイレのタイミングは難しくて、トイレチェック業務に併せて済ませたりとうまく調整しながらやっていました。あと、この頃は経血が塊で出ることがあったり、たまに生理が1か月スキップすることもありました。いつもと違う感じになるのは、明らかに疲れているときやストレスが多いときでした。
カフェでのアルバイトを辞めた後は、出版社でアルバイトを始めました。カフェのときと業界も業務内容もガラッと変わりましたが、興味のあることだったし、いい人たちが多くてとても楽しかったです。
このとき、一緒に働いていた人から別の出版社でのアルバイトを紹介してもらい、2社目の出版社に移りました。その出版社でアルバイトを経て、契約編集者として編集部に所属したのが24歳のときです。
この頃が人生で一番忙しかった時期でした。シフト勤務のアシスタント業務経験しかなかったところから編集者になったので、自分で取材したり原稿を書くなどのスキルがない状態からのスタート。ただでさえ業務量が多い中で、編集者としてのノウハウを実践で身につける日々でした。
仕事は充実していたけれど、疲れが蓄積していて、生理の出血量が極端に少なかったり、不正出血のようなことが起きたりと体調に異変を感じたので、婦人科に行って診てもらいました。そのときは特に身体に異常はないという診断でしたが、「このままではよくない」と思い、
27歳のときに独立しました。
このとき、自分の身体への感度が鈍っていたことにも気がつきました。それだけ疲弊していたのだと思います。もともと女性のためになる情報を発信したいという気持ちを持っていたので、独立後から今のようなウィメンズヘルスに関わる活動へとつながっていきます。
この頃からますますフェムケアやオーガニック製品にも関心が高まり、布ナプキンをはじめ、自分に合う生理用品を見つけるために、毎月違ったものを選んで使うようになりました。
- 30代になってから何か変わったことはありましたか?
30代半ばくらいから、いわゆるPMSの症状、例えば、食欲が増したり、濃い味のものが欲しくなったり、肌や髪のコンディションがいまいちだなと思ったり、今まで気にならなかったことが気になるようになりました。そんななかでも、そのときの自分に合った生理用品を使ったり、ケアをすることで心地よく過ごせています。
- 生理をふりかえって、いま何を思いますか?
一番大きく感じるのは、「環境に恵まれていた」ということです。物理的に母が必要なものを用意して困らない状態にしてくれていたし、心理的にも生理が「恥ずかしいもの」とか「隠すべきもの」と感じることがなかったのは、自分の価値観にとって大きな意味を持っています。
よく「父親が無知だと貧乏になる、母親が無知だと不健康になる」と言いますが、まさにその通りだと思います。わたしが生理について困らずに過ごせたのは、家庭環境と母のリテラシーがあったからだと、今でははっきり思います。
そして、生理にまつわる対処を「ルーティン化しすぎないこと」も大切だと考えています。毎月来るものだからこそ、その時の体調や気分に合わせて、自分に合う方法を見つけていく。何が合うかは人それぞれだし、それを見極めること自体が、自分の身体と向き合うことになると思います。
わたしはフェムケアコンシェルジュとして活動していますが、「これがいいよ」と安易にすすめることはしません。その人の状況や目的に合わせて、必要な情報を選べるようにしていくことを心掛けています。生理は人それぞれの体験であり、正解のないものだからこそ、自分自身で選択していけるような力を育てていくことが、これからの時代には大事なんじゃないかなと思います。
注釈:「わたしの生理」では、いろんな世代・環境の方が、生理とどのように向き合って暮らしてきたのか記録し共有することで、隠されがちな生理を考えて話すきっかけにしたいと取り組んでいます。特定の商品やサービスまたは対処法を推奨するものではありません。掲載されている内容はその方個人の体験ですので、気になる症状がある際はご自身で医療機関にご相談ください。
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