わたしの生理 Vol.048 - コロナで急に止まった日々 動けなくなったことで はじめて重くなった生理
A.I 26歳 会社経営者
初経:小学6年生(12歳)
現在の平均生理日数:3〜4日(低用量ピル服用中)
現在の平均生理周期:28日(低用量ピル服用中)
現在使っているサニタリーグッズ:月経カップ(murmo)
生理はどんな日ですか?
昔は隠すもの、今は隠すものではないけど、あまり話さないもの
今はピルを飲んで月経カップを使っているから負担にも感じない
生理と聞いて浮かぶイメージは?
血
あまり考えることもないので、思いつかない
はじめての生理はいつでしたか?どんなはじまりでしたか?
初経は小学6年生でした。小学校にいるときでした。
そのときのことは鮮明に覚えていて、3階建て校舎の3階のトイレに一人で行ってわかりました。生理のことは学校で習っていたので、わかったのだと思います。「来てしまったか」という感覚でした。
その後どう対処したかは、はっきりと覚えていません。ナプキンは持っていなかったし、誰かに話したいとも思わなかったので、トイレットペーパーをショーツに巻いて帰ったような気がします。
帰宅してから、仕方なく、最初に母に伝えたはずです。
いわゆる、お赤飯のお祝いはなかったのですが、数日後、家族で外食に行きました。うちは両親と弟の4人家族ですが、家族が揃った外食先で、母が「(外食に来たのは)おめでたいからね」と、遠回しに私の初経のことを言ったのは、いやでした。反抗期だったし、遠回しな言い方にどう反応していいかもわからず、気まずかったです。
小学生・中学生の頃、生理とどう向き合っていましたか?
その後の生理は、すぐ定期的に来るようになりました。痛みもないし、量もそんなに多くなかったので、生理が邪魔になることはなかったと思います。。
体を動かすことが好きだったので、体育の授業をすごく楽しむタイプでした。先に生理が来ている友達がプールを見学しているのを見て「見学しなきゃいけないなんて大変だな」と感じていたくらいです。だから自分に生理が来て「これからは自分もそうなるのか」と、少し面倒に感じました。
中学生になると、女子の間で生理の話題が増えました。隠語みたいに生理のことを「ケチャップ大戦争」と話したり。ただ、私は自分から積極的に話すことはありませんでしたね。どこかで、生理のことは共有するものではないという感覚が続いていました。
部活はバドミントンでした。体育館で行うので汗をかく競技ですが、生理中の部活でつらい思いをした記憶はありません。量が多くて大変そうな友達はいましたが、その子の姿を見て自分の生理は軽い方だなと思っていました。
ただ、それでも漏れてしまうことはときどきありました。
母とは生理の話をしたくなかったので、家では、生理の存在をできるだけ表に出さないようにしていました。生理用品はこっそり取り、漏れた下着は自分で洗う。シーツに血が付いてどうしようもないときだけ、母に伝えるくらいだったと思います。
高校生の頃、どんな時間を過ごしていましたか?
高校は女子校に進学しました。クラスメイトが全員女性なので、生理の話は以前より自然に交わされるようになりました。「あの子は生理が重い」といった情報も共有される環境でしたね。
高校では部活には入らず、最初の一年間はとくに英語を勉強しました。というのも、私の学校は、高校2年生の1年間で海外留学するカリキュラムだったため、その前の1年間を英語習得に費やしました。
そして、高校2年でカナダへ留学。ホームステイしながら、現地の学校に通いました。1年間英語を勉強して行ったわけですが、最初は言葉の壁にぶつかりました。学校で学んできた英語では通用せず、初めての挫折体験で苦労しましたが、逃げずに向き合ったら英語が使えるようになっていき、本当に成長できた1年でした。
留学中の生理も、とくに変わらずでした。生理周期が乱れたり、生理痛が出たりなどまったくなかったと思います。生理用品はある程度日本からナプキンを持参したのですが、途中で無くなってからは、現地のものを購入して使いました。現地のナプキンの印象もないので、そんなに困ることもなかったと思います。
この頃、人生で初めてタンポンを使いました。現地で使っている人に勧められたことがきっかけです。カナダはタンポンを使っている人も多かったようで、自然と選択肢に入ったのだと思います。
帰国後の高校3年生は受験期。1日16時間ほど勉強しました。やると決めたらやり切りたいと全力でした。この頃も、生理周期が乱れたり、生理痛やPMSが出たりなど特になかったと思います。とくに記憶がないのですが、つまり、それくらい生理が軽かったのだと思います。
大学進学、上京。そして世界が広がった20代前半
努力の甲斐あって第一志望の大学に合格して、進学を機に上京、一人暮らしを始めました。
大学1、2年生はサークルとアルバイト中心の生活。国際交流系のサークルでイベントを企画し、飲食店でバイトする、いわゆる“普通の大学生活”を楽しみました。
自分で生理用品を選ぶようになったのもこの頃です。高校までは母が用意したものを使っていましたが、一人暮らしになり、カナダで便利だと感じたタンポンを日常的に選ぶようになりました。
その後、大学の1年間の留学カリキュラムで、イタリア・ベネチアへ行きました。ヨーロッパ中から学生が集まる大学で、価値観も考え方も違う人たちとたくさん出会いました。ここでの出会いは本当に大きかったです。
けれど、その留学は半年で終わります。新型コロナウイルスの影響で、急きょ帰国することになったんです。
コロナ禍、止まった時間と体の変化
緊急帰国し、実家に戻りました。外出もできず、家で犬と過ごしながら、だらっと過ごす日々。これまでずっと何かに向かって動き続けてきたので、急に滞ったような感覚でした。
その影響か、今まで経験したことのないニキビと、重い生理痛が出るようになりました。その状態が3、4周期ほど続いた頃に、大学での授業が再開するかもしれないという話もあり東京に戻ったタイミングで、初めて婦人科を受診しました。
ベネチアで仲良くなったフランス人の友人から低容量ピルの話を聞いていて、その選択肢が頭にあったので、ピルを処方してもらい飲み始めました。
飲み始めてからは、生理痛もニキビも落ち着きました。
さらに、大学に加えて、長期のインターンも始めたことで、忙しく打ち込める日々が戻ってきて、回復していきました。
卒業後の進路と、いま
大学卒業後は、マーケティングサービスを提供しているコンサルティング会社に就職しました。就職先は東京。東京以外で働く選択肢は考えていませんでした。
転勤ありきで、会社の都合で住む場所が決まる。そういう働き方ではなく、自分の住む場所は、自分で決めたい。ビジネスの感度も流行も、人も、東京に集まる。最初のキャリアはそこで築きたい、という思いがありました。
その会社で2年半働いたあと、次のステップに進みたいと考え、事業会社へ転職します。
けれど、入社して1か月から上司不在の状態が続き、それが会社に勤める意味を考えるきっかけになりました。
それなら、若いうちにリスクを取ってみたい、自分で挑戦したいと思って、25歳になった年に、独立して会社を立ち上げました。今はその会社を経営しています。
社会人になってからの生理と、月経カップ
社会人になってからも、ピルを飲み続けていて安定した生理です。
この頃の変化は、生理用品です。月経カップを使い始めたんです。
すごく仲のいい女友達から「最近のベストバイで一番良かったものがある」と教えてもらったのが、月経カップでした。
それをきっかけに、私も月経カップユーザーになりました。その1、2年後にmurmoを知り、今はmurmoを使っています。日本製の気持ち的な安心感や、清潔に使えそうと思えたこともあり、手に取りました。
実際にふれてみると、素材のやわらかさが印象的でした。以前使っていたものは少しゴツゴツとした感触がありましたが、murmoはやわらかく、体にやさしそうだと直感的に感じました。
いまは、ピルとmurmoの月経カップを組み合わせて使っています。それ以外の生理用品は特に使っていません。
生理用品を毎回買わなくてよくなったこと、お金がかからないのがすごくいいなと思っています。
生理をふりかえって、いま何を思いますか?
振り返ってみると、自分はあまり生理で悩んだことがなかったなと思います。生理痛で鎮痛剤が手放せない友達の姿も見てきましたが、自分はそこまでの不調を経験したことがありませんでした。
自分が活発に動いている時期ほど、体調も安定していたのかもしれない、といまになって思います。
注釈:「わたしの生理」では、いろんな世代・環境の方が、生理とどのように向き合って暮らしてきたのか記録し共有することで、隠されがちな生理を考えて話すきっかけにしたいと取り組んでいます。特定の商品やサービスまたは対処法を推奨するものではありません。掲載されている内容はその方個人の体験ですので、感じ方には個人差があります。気になる症状などがある際はご自身で医療機関にご相談ください。