わたしの生理

生理の状況や感じ方は、人それぞれ。表に出てきづらいデリケートでプライベートなことだからこそ、ひとりひとりの生理の経験、心の声に耳を傾けることで、自分を大切にするきっかけに。生理を通して半生を綴るインタビュー。

わたしの生理 Vol.051 - 仕事に夢中だった日々と、後回しにしていた体のこと 出産で整っていった生理と、40代で訪れた変化 自分の体と、これからどう付き合っていくか

岩井文 44歳 デザイナー

初経:小学6年生(11歳)

現在の平均生理日数:3.5日

現在の平均生理周期:28〜29日

現在使っているサニタリーグッズ:ナプキン、吸水ショーツ

生理はどんな日ですか?

子宮内膜のリニューアル日

生理と聞いて浮かぶイメージは?

マゼンタ色


はじめての生理はいつでしたか?どんなはじまりでしたか?

初経は小学6年生の9月頃です。初経が来る前から、生理に興味津々な子どもでした。「お母さんはこういう生理用品を使ってるらしいよ」と家からこっそり持ってきた母の生理用品を友達と持ち寄ったり、生理に関する漫画の付録を読んだりしながら、「いつ来るんだろうね」「どんな感じなんだろうね」とよく話していました。

母からはあらかじめナプキンの使い方を教えてもらい、外出時用にサニタリーショーツとナプキンが入ったポーチも渡されていました。

実際に初経が来たのは家にいるときで、少し茶色いものがついたくらいでしたが「これかな」と思って母に伝えました。

母に伝えること自体はそこまで恥ずかしくなかったのですが、お赤飯のお祝いもあって、父や近所に住む親戚にも、生理が来たことが伝わってしまったのは、とても恥ずかしかったです。ただ今、自分が親の立場になってみて、あのときの親の気持ちが理解できるようになりました。初経は子どもの成長を感じる嬉しい出来事ですね。

 

小学生の頃の生理はどんなものでしたか?

小学生の頃は経血量が少なく、生理によって生活が大きく変わることはありませんでした。周りには量が多くて漏れてしまう子や、つらくて体育を休む子もいたので、自分は軽い方なんだと自覚していました。

当時はミニバスケットボールをやっていて、生理中に走り続けて、お腹が痛くなることがありました。「今日は生理だからしんどい」とぼやきながらも、基本的には我慢して動いていました。

 

中学生の頃の生理はどんな変化がありましたか?

中学は共学校でしたが、女子同士の距離がとても近くて、生理のことも含めてかなりオープンに話していました。クラスの雰囲気も全体的に女子が活発で、クラスのムードをつくっていました。

あるとき、友達が経血でジャージを汚してしまったことがありました。その子が保健室に行っている間に、残った友達と一緒にそのジャージを洗ったことを覚えています。血に対して抵抗があるというより、困っている子がいたらみんなでなんとかするという感覚でした。今でも「あのときジャージ洗ったよね」とそのときの友達と思い出話をします。

中学では剣道部に所属していて、ユニフォームが白い袴だったので、部活中はかなり気を使っていました。経血がついたらすぐにわかってしまうし、練習中はトイレに行けないので、気を張っていましたね。生理初日は多少体調的にもしんどかったので、たまに休むこともあったと思います。

 

高校生の頃、生理や生活の変化はありましたか?

高校生になって蕎麦屋でアルバイトを始めました。立ちっぱなしで動き続ける仕事で、忙しいときはかなりハードでした。生理中にその忙しさが重なったときに、貧血で倒れたことがあります。それまでは自分が貧血だという自覚がなかったので驚きましたが、しばらく休んだら回復したので、特に親に話したり病院に行くことはしませんでした。

この頃から生理用品を自分で買うようになりました。初めて買いに行ったときは種類の多さに驚いて、逆に何を選べばいいのかわからず、いろいろ試しながら自分に合うものを探していきました。3日間の生理期間中、1日目と2日目は昼でも夜用を使っていました。今振り返ると経血量が多い方だったと思いますが、当時は自分の経血量が普通の量だと思っていました。この頃、夜用のサニタリーショーツに出会ったのも記憶に残っています。寝てるときに後ろに漏れてしまうことが多かったので、後ろまでしっかりカバーされていることに、感動しました。

それから、高校2年生のときに「美大に行こう」と決めたことが、自分の中では大きなターニングポイントでした。それまで特にやりたいことがあったわけではなくて、周りが大学受験を考えている中で、「自分は何をやりたいんだろう」と考えたときに、絵を描いたり、ものをつくることがしっくりくると思いました。美術部に所属していたので、顧問の先生に相談して、美術大学という選択肢を具体的に考えるようになり、立体造形やプロダクトを形にすることに興味があって、プロダクトデザインを学べる大学を志望しました。

それから、美大進学のための予備校に通い始めて、夜遅くまでデッサンをする生活になりました。この頃、それまでの規則正しい生活が崩れて、体調が明らかに変わっていきました。生理痛が重くなり、貧血になり、1日目や2日目は朝起きられないことが増えて、遅刻することもありました。さらにお腹の痛みが強い日も増えて、市販の鎮痛剤を使って対処していました。

 

その後、どんな道を進みましたか?

無事に美大に合格し、プロダクトデザインを専門的に学ぶ大学生活がスタートしました。

ものづくりの技術を身につけるために、木材を切って形にしたり、塗装をしたり、写真を撮ったりと、実践的な課題が中心でした。週6日学校があって、午前は座学、午後は実技という生活で、実技は毎日課題が出て、とにかく締め切りに追われていました。楽しかったですが、戻りたいかと言われると戻りたくないくらいには大変でしたね。

大学へは実家から片道2時間半かかるのですが、課題も多く、だんだんと生活が回らなくなっていき、一人暮らしを始めることになりました。

一人暮らしを始めてからは、生活リズムや食事が大きく変わりました。それまで実家で整っていた生活が崩れていって、その影響が体に出ていたと思います。生理もそれまでより重くなっていきました。

もともと3日くらいで終わっていた生理が、5日、6日と長くなっていきましたし、体のだるさや、起き上がれないような感覚が強くなりました。朝起きた瞬間から気持ち悪くて、そのまま動けないこともありました。学校に行けない日もありました。

それでも、病院に行くという発想はなくて、「こういうものなんだ」と思っていました。寝てやり過ごすか、痛み止めを飲むか、それくらいの対処でした。今思えば、生活の乱れがそのまま体に出ていた時期だったと思います。

 

大学以降の進路はどうしましたか?生理の変化はありましたか?

大学卒業後は、プロダクトデザイナーとして、医療や福祉、介護に関わる製品やサービスを提供する会社に就職しました。大学で学んできたことの延長線上にある仕事で、人の生活や身体に関わるものをつくるという点に惹かれて、その道を選びました。

学生時代の課題で、高齢者施設に自分から行って、ケアの現場を見たり手伝わせてもらったことがありました。そのときに、ケアする側もされる側もどちらも大変そうで、その間にある「道具」がもっとよくなれば、どちらも少し楽になるんじゃないかと思ったことが、この仕事を選ぶきっかけになっています。

就職してすぐは会社の寮に入りました。生活自体はそれまでよりも整ったはずでしたが、仕事がとにかく楽しくて、かなりのめり込んでいました。

その頃が一番痩せていた時期でもありました。その影響もあってか、貧血になりやすくなっていました。通勤電車の中で具合が悪くなることもありましたし、生理の日に会社を休むこともありました。

ただ、それでも「生理はそういうもの」と思っていて、体調の悪さと病院が結びついていませんでした。数日我慢すれば落ち着くものとして受け止めていて、医療機関に行くという選択肢はありませんでした。

生理で体調が悪いときでも、生理が理由だとは言わないようにしていました。当時、私が所属していたチームには女性が私しかいませんでした。周りの先輩たちはいい人たちで、生理だと言うと、必要以上にとても気を遣わせてしまうと思っていました。あと、当時は今から20年近く前で、男性と同じかそれ以上に頑張らないと!と思っていたので、女性であることを出さないようにしていたと思います。

 

20代後半、転機や体調の変化はありましたか?

20代後半で結婚しました。結婚を決める前から、結婚をしても働き続けることが大前提でした。その背景には「マンションが欲しい」という気持ちがあったんです。自分が定住できる場所を持ちたいという思いが強くて、どうせ買うなら自分の収入でローンを組んで、働き続けられる状態をつくりたいと考えていました。

当時付き合っていたパートナーと一緒にマンションを購入して、お互いが働き続けることを前提にした形で、生活の基盤をつくり、結婚しました。

20代半ばからは仕事が忙しく、生理周期は乱れがちで、経血量も多かったと思います。でも当時は仕事優先で、あまり自分の体を顧みる発想自体なかったです。

 

30代に入って、変わったことはありましたか?

32歳で第1子を出産したことです。元々、30歳になる前に子どもがほしいと思っていましたが、なかなか思ったとおりにはいかず、初期に流産してしまったこともありました。

そのときのことで印象的だったのは、流産したあとに体がリセットされたような感覚があったことです。それまで、生理が2か月来ないなど、生理不順になっていましたが、急に規則正しくなりました。不思議なくらいに整ったんです。

その頃からだんだん体つきも変わってきて、ガリガリに痩せていたところから、体重も増えて体力もついてきていました。しばらくは妊娠しませんでしたが「今月できなかったら、そろそろ病院に通い始めるか」と話していたタイミングで妊娠しました。

はじめての妊娠・出産で、生理や体調はどう変わりましたか?

はじめての出産は32歳のときです。妊娠中は、初期のつわりがつらかったです。「いつこのつらい時期が終わるんだろう」とネットでいろいろ調べながら、「数ヶ月で終わる人もいるし、全然終わらない人もいるんだ」と、絶望したりしていました。

産後は、子どもが11か月くらいになったときに、また生理が始まりました。母乳をやめていなくても始まるものなんだ、と思ったのを覚えています。

そして産後の生理が、また不思議なくらい整っていたんです。体調もよくなっていて、鎮痛剤を飲まなくてもお腹が痛くならないくらいでしたし、周期もちゃんとしていました。妊娠と出産を経て、再び体が整った感覚がありました。

 

仕事復帰と子育ての日々の中で、生理はどんな存在でしたか?

仕事には出産の約1年後に復帰しました。1月に出産して、翌年の4月に戻ったので、1年3か月後くらいだったと思います。

復帰してからの生活は、正直、記憶がないくらい忙しかったです。体調や生理の面では落ち着いていて、周期も乱れていませんでしたし、月経痛もかなり軽くなっていました。でも、生活全体としてはとにかく怒涛の日々でした。

 

30代後半で変化や転機はありましたか?

第1子の4年後に、第2子を妊娠しました。第2子の妊娠中は、上の子のときとは違う大変さがありました。まず、足がものすごくムズムズして、夜になるとかゆくて眠れない状態になったんです。いても立ってもいられず、内股をかきむしってしまって、ボロボロになるくらいでした。

それに加えて、恥骨痛にも悩まされました。歩けないくらいつらい日もあったほどです。

産婦人科では塗り薬を処方してもらったり、妊娠中でも使えるものをいろいろ試しました。漢方も出されましたが、すごく不味くて、しかも「酢を入れて飲んでください」と言われて、正直続きませんでした。先生からは「産んだらすぐ治るよ」と言われていたのですが、実際に産んだ瞬間にかゆみやムズムズがなくなりました。

第2子のときは、第1子のときより少し早めに仕事復帰しました。たまたま保育園に空きが出て、1月に出産して、翌年の1月に復帰することになったんです。本当はあと3か月休みたかったです(笑)

というのも、その頃はまだ生理が復活しておらず、母子セットのベビースイミングに通っていたりと、楽しく充実した生活だったんです。こんな生活は二度と戻ってこないと思って、もう少し味わいたかったですね。

仕事に戻ったタイミングで、生理は復活しました。復活後の生理も、第1子の産後と同じで、リセットされたみたいに生理が整っていました。

 

2人の子どもを育てながら、仕事と生理にどう向き合ってきましたか?

2人の子どもを育てながらフルタイムで働く生活になってからは、とにかく全体として忙しかったです。ただ、夫が「協力する」というより、同じだけやるのが当たり前という感覚でいてくれたので、その点は大きかったです。

私に泊まりの出張があっても、そのたびに夫がやり遂げてくれて、経験を積むことで自信にもなっていったように見えました。

仕事はずっとプロダクトデザイナー一筋です。勤めている会社では、ひとつの製品をひとりのデザイナーが担当する体制だったので、テーマによって忙しさの波はありましたが、引き継げばなんとかなる体制でもありました。周りは大変だったと思いますが、後輩の女性デザイナーと1年差で産休を取るような時期もあって、私が休んでいる間は彼女がサポートしてくれて、彼女が休んでいる間は私がサポートしてといった感じで、支え合いながら続けてきた感覚があります。

 

40代に入って、生理との付き合い方はどう変わりましたか?

40代で、今のフェムケア・フェムテック領域に関わるようになりました。そこに飛び込んだことで、今まで知らなかったことに触れ、探究心が湧いてきました。

それまではナプキン中心でしたが、吸水ショーツなど、いろんなものを試すようになりました。ただ、ここ1年くらいでまた体が変わってきました。

43歳くらいから、周期は規則正しいままなのに、経血量がすごく増えたんです。3日間で終わるけれど、その3日間が激しめなんです。一気に来て一気に終わるような感覚です。その影響か、久しぶりに、出血による貧血も戻ってきました。

しばらく動いていなかったあとに立ち上がる瞬間や、動き始める瞬間に、噴水みたいにドッと出てしまって、その瞬間に漏れる、みたいなこともあります。もう抑えきれない量で、吸水ショーツでは立ち打ちできなくなりました。途中で履き替える必要があるため、結局またナプキンに戻ったりと試行錯誤中です。

この1年は月経痛よりも排卵痛が強く出るようになっています。「今回は左から排卵してる」「今回は右だ」とわかるくらい、ギュッとしたり、ピリピリしたりする感じがあります。

体の変化だけではなくて、メンタルの変化も少しあります。普段はそこまで落ち込まないのに、生理の1日目2日目くらいは自己肯定感がすごく下がることがあります。普段はすごくポジティブなのに、急に「今やってること、向いてないんじゃないかな」とか、「会社から必要とされてるかな」とか、考えてしまうんです。でも1日くらい経つと復活するので、生理だからだと客観視するようにしています。

 

子どもたちには、生理のことを伝えていますか?

一緒にトイレに入るときに「今ママ、生理中でお腹痛いから」と普通のこととして伝えています。

詳しく話しているわけではありませんが、「お腹から血が出てつらい状態なんだよ」くらいのことを話しています。あまり私から先回りして入れ知恵しない方が、学校で正しい知識を得られるかなと思って、細かい説明はしていません。

娘が近い未来に生理を迎えることについては、すごく楽しみです。どういうふうに伝えようか、どんなものを用意しようかと今から考えています。娘は小さい頃から出産を扱うドラマが好きで、赤ちゃんが生まれることや体のことにすごく興味を持ってきたので、そういう話もわりと自然に入ってくるんじゃないかなと思っています。

私がこれまでに得た知識を少しずつ伝えながら、「こういうときは我慢しちゃだめだよ」とか、「必要なら一緒に病院に行こうか」とか、「生理用品はいろいろ選べるんだよ」とか、そういう話ができたらいいなと思っています。母として何から始めたらいいのか、誰かに相談したいくらいです。

 

生理をふりかえって、いま何を思いますか?

長く付き合ってきた月経が、これからどう終わっていくのかを今とても楽しみにしています。少し寂しさもあるけれど、楽しみの方が大きいです。

こうして振り返ってみて、改めて思うのは、規則正しい生活をしていて、栄養バランスのいい食事をしているときは、そんなに体がきつくなかったんだな、ということです。親がわりと厳しくて、「ちゃんとこの時間には寝なさい」と言われて育ったのですが、今思うとあれはすごく大事だったんだなと思います。

今は自分の子どもたちにも、睡眠の大切さはかなり意識していて、そこはちゃんとやってあげたいと思っています。生理を振り返ることは、その時々の自分の暮らし方や体との付き合い方を振り返ることでもあるんだなと思いました。


注釈:「わたしの生理」では、いろんな世代・環境の方が、生理とどのように向き合って暮らしてきたのか記録し共有することで、隠されがちな生理を考えて話すきっかけにしたいと取り組んでいます。特定の商品やサービスまたは対処法を推奨するものではありません。掲載されている内容はその方個人の体験ですので、感じ方には個人差があります。気になる症状などがある際はご自身で医療機関にご相談ください。

 


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