わたしの生理 Vol.050 - ”女の子”の違和感を抱えていた頃から 仕事・結婚・出産を重ねて 30年続いてきた生理との関係
大槻朋子 42歳
初経:小学4年生(10歳)
現在の平均生理日数:5〜7日
現在の平均生理周期:28日
現在使っているサニタリーグッズ:月経カップ、月経ディスク、吸水ショーツ、ナプキン
生理はどんな日ですか?
今は生理が重いので、はぁ〜疲れるという日
生理と聞いて浮かぶイメージは?
赤
はじめての生理はいつでしたか?どんなはじまりでしたか?
初経は、小学校4年生だったと思います。具体的な記憶はまったく覚えていませんが、初経のことを思い出そうとすると、なぜか自宅近所の道の景色が思い浮かぶんです。いつも同じ景色が出てくるので、きっとその場所で何かあったのだと思います。
小学生時代の生理の記憶は、初経以降もまったく記憶にありません。
中学生の頃、生理はどんな存在でしたか?
中学校は地元の公立校に進学しました。部活は吹奏楽です。部活では座っている時間が多いので、部活中の生理で困った記憶もあまりありません。ただ、部活に限らず、よく経血が漏れていました。制服のスカートに漏れてしまったり、パジャマや布団を汚してしまうとか... 漏れてシミがついてしまった経験はたくさんあります。
私はズボラな性格なので、ナプキンを忘れたときはトイレットペーパーを丸めてしのぐことも多くて、なおさら漏れやすかったのだと思います。
漏れてしまったときは、自分で洗ってから洗濯機に入れていました。人に知られるのはやっぱり恥ずかしかったので、親にも言っていなかったと思います。
今振り返ると、経血量は多かったのだと思います。でも当時は自覚していませんでしたし、生理痛も、少なくとも「痛い」と認識するほどではありませんでした。お腹が少し重いとか、生理前に甘いものが食べたくなるとかその程度で、不調として捉えてはいませんでした。
家族は、父、母、兄、私、弟という構成で、男兄弟にはさまれて育ちましたが、生理の話を家ですることはありませんでした。恋愛や性の話も含めて、そういうことを話す雰囲気はなかったです。
高校生の頃はどんなふうに過ごしていましたか?
高校も共学校に進み、吹奏楽を続けました。生理の変化は特にありませんでした。量は多いけれど、痛みや生理不順はないという状況です。
当時の自分を振り返ると、生理そのものよりも「女性であること」に対する違和感を抱いていたことを思い出します。
小さい頃から、たとえば、私が声を張り上げるようなことをすると「女の子なのに」という目で見られたり、男子なら普通に受け止められることが、女子だと浮いて見える...そういう空気が嫌でした。
男兄弟の中で育ったこともあってか、性別関係なく、兄に負けたくない、兄より上に行きたい、という気持ちも強くありました。実際、身長を一瞬追い越したときにうれしかったり、勉強のできた兄に受験でも絶対に負けたくないと思って猛勉強したりしていました。母に比べられたことは一度もなかったのですが、社会の中にある空気から自然とそう感じ取っていたのかもしれません。
だから、女性であることを当時はポジティブには感じていませんでした。男性になりたいわけではないけれど、生理のように自分の女性性をはっきり突きつけてくるものを、無意識に遠ざけていた、見ないようにしていたと思うんです。これだけ生理に関する記憶が曖昧なのも、その結果かもしれないです。
一方で、その頃の私はステレオタイプに、20代前半くらいで結婚して子どもを産むのだろう、とぼんやり考えてもいました。
その後の生活や体調で変化があったのはどんなことでしたか?
高校3年生のとき、2歳上の兄が亡くなりました。それは家族にとって、とても大きな出来事でした。私にとって兄は、ずっと心の中で目標にしていた存在でもあって本当にショックでした。兄がいなくなってしばらくしてから、首まわりに湿疹が出続けるようになりました。ストレスが肌に現れたんだと思います。でも、生理そのものが大きく乱れた記憶はとくにありません。
それから高校を卒業して、一浪を経て大学に入りました。
どんな大学生活でしたか?
大学時代は、飲食のアルバイトを掛け持ちして、かなり忙しく過ごしていました。バイトして、飲みに行って、少し帰ってまたバイトに行く、というような生活で、いわゆる“ザ・大学生”という感じです。規則正しい生活とはほど遠かったですが、それでも生理周期がずれたり、生理痛やPMSの不調は起きず、相変わらず生理トラブルは「漏れ」くらいでした。
大学後期は、小さい頃から「学校の先生になりたい」とぼんやり思っていたこともあり、教育実習にも行きました。けれど、実際に現場を見て自分には合わないと感じ、進路には選びませんでした。
一方で、福祉施設にも行く機会があり、障がいを持った人が支援によって、できることが増えたり、働けるようになる姿を目の当たりにしました。人によって状態が異なる中で、それぞれに応じた関わりによって少しずつできることが増えていく。その過程を知り「人ってこうやって成長していくんだ」と強く印象に残りました。そこから、教育・福祉を進路の一つに考えるようになりました。
その結果、大学以降の進路はどうなったのですか?
大学を卒業して、現在も勤めている会社に新入社員として就職しました。医療介護領域の両方に携わっている会社です。最初は営業職として、福岡に配属されました。
福岡時代の仕事は、車での移動がとても多かったです。そういう生活の中でも、生理に関しては相変わらず「漏れる」記憶が中心です。経血量は変わらず多く、社用車のシートを経血で汚してしまうこともあったと思います。それでも生理周期は安定していて、痛みもそんなにありませんでした。
一方で、この頃体調で悩ましかったのは、湿疹でした。顎や首まわりが真っ赤になって、取引先の方に「怪我してるよ」と間違われるくらいでした。私は、ストレスが肌に出やすいタイプで、疲れやストレスが溜まると、それが肌や身体に表れていた時期でした。
それでも仕事はとても充実していて、福岡での生活もとても気に入っていました。ずっと福岡でいいと思っていたくらいです。
30代になって、身体や環境に変化はありましたか?
30歳前後で異動となり、関東に戻りました。
その頃も、生理は基本的には順調でした。生理が遅れたときに大丈夫かなと心配になった記憶があるので、逆に言えば、普段はかなり規則的に来ていたんだと思います。経血量は多いままで、今思えば少し貧血もあった気がします。立ちくらみや、目がチカチカしたり。でも当時は、それを貧血とは思わず、単に疲れや飲みすぎのせいだと片づけていました。
私は、痛みに鈍感な方で、若い頃の生理をふりかえってみても、自分はもしかしたら痛みを痛みとして受け取っていなかっただけかもしれない、と思うようになりました。だから、生理痛が本当になかったのか、それとも感じ取りにくかっただけなのか、今となっては分からないところもあります。
30代の大きな転機のひとつは、結婚でした。結婚を決めた理由は、「子どもを産みたい」と思っていたからです。30代半ばに差し掛かり、自分の年齢も意識するようになりました。
その頃出会った男性が今の夫なのですが、夫とは出会ったその日に「この人と結婚する」と自分の中で決めました。相手も同じ気持ちだったので、そこから半年ほどで入籍。その後、子どもを授かり、出産を経験しました。
出産・育児期、生理や身体にはどんな変化がありましたか?
8月に出産、翌年4月に仕事復帰しました。その当時ではかなり早い復帰だったと思いますが、自分自身、早く戻りたい気持ちもあったし、保育園問題も重なって、その選択になりました。
生理の再開は、はっきりとは覚えていませんが、授乳中に戻っていたのは確かなので、1年以内だったと思います。
1人目の復帰後は、なかなか大変でした。仕事に戻っても、自分の頭は「母親モード」だったんです。物理的にも、保育園から熱で呼び出しが来て、急いで迎えに行って、子どもの様子を見て...と、仕事から離れる時間も増えるわけですが、なかなか頭が「仕事モード」になりづらい時期でしたね。
その後、2年後に2人目を妊娠、出産しました。同じく、8月出産で翌年4月に仕事復帰です。このときは、1人目と状況が異なり、2人目を出産する少し前に、夫が仕事を辞めたんです。夫が家事を担えることになったので、私は産後10か月で仕事にフルタイムで復帰しました。
そんな状況になって、気づいたことがあります。それは、「母親が時短を取るものだ」と、無意識に思い込んでいたことです。1人目のときは当たり前のようにそう思っていたのですが、2人目のときは、自分がいなくて大丈夫かなとか、色々不安に思うことはありましたが、自分の中に蓄積されていた「母親とはこういうもの」「女性とはこうあるもの」というステレオタイプから、少しずつ決別していった感覚があります。1人目のときに感じていた「母親モード」から「仕事モード」への切り替えのむずかしさも減りました。
2人目の出産以降で、その他に身体や生活の変化はありましたか?
2人目の産後、仕事復帰をしてから、体調を大きく崩しました。眠れない、睡眠の質が悪い、メンタルも落ちる。産後の不調が、仕事復帰と育児の忙しさの中で一気に出てきた感じでした。1人目の産後とは違う大変さで、2人の子育てとフルスロットルで仕事をすることの両立は、いくら夫と力を合わせても、完全にキャパオーバーでした。
これはどうにかしないと!と思い、この時期から「ちゃんと眠る」ことを意識するようになりました。
仕事で睡眠に関する研究事業をやっているため、その知見を活かして、自分の睡眠状態を見直して、生活を整えてみたら、少しずつ状態が良くなっていきました。
その経験が、さらに仕事にもつながっていき、女性のライフサイクルと睡眠を軸にした、情報発信やプロダクト開発、研究や共創の取り組みを今も続けています。
自分の経験が、仕事として社会に返っていくようになったのは、大きな転機でした。自分が楽になるだけでなく、ほかの人の課題にも向き合えるようになったのは、すごく意味のあることだったと思っています。
なお、出産後の生理については、経血の色が以前より少し黒っぽくなってきたような印象がありましたが、経血量やその他の状態も特に変化はありませんでした。
育児をするなかで、生理との付き合い方は変わりましたか?
私は、生理のことを子どもたちに隠さず伝えています。上が男の子で、下が女の子ですが、「お母さんはいまお腹から血が出ている日だよ」と普通に話しています。
吸水ショーツを洗っているところを見せることもあるし、「今日はお母さんちょっと無理だから、お父さんとお風呂入って」と伝えることもあります。そうすると息子も「今日お腹から血が出てる日?」と自然に聞いてくれるようになりました。
娘には、「大きくなったらお母さんと同じようにこういうことがあるよ」と話していますし、息子には「あなたには起きないけど、違う形で体は成長していくよ」という話をしています。
また、子どもが生まれてから大きく変わったのは、生活のリズムが整ったことだと思います。
それまでは出張が多く、キャリーケースを持って一週間単位で各地を回るような生活をしていて、生活の土台自体がかなり不安定でした。そういう中では、生理の準備も行き当たりばったりになりがちでした。
一方で今は、子どもに合わせて朝起きて、夜も一緒に早く寝るという生活になっています。忙しさはあるものの、生活のリズム自体は整っているので、以前のようにトイレットペーパーでしのぐようなことは減りました。ちゃんと準備された生活の中に、生理がある、という感覚に変わってきた気がします。
40代になって、生理や体調にどんな変化がありましたか?
40代に入ってこの1〜2年で、生理の変化をはっきり感じるようになりました。これまで本当にきっちり、28日周期で5日間というリズムで来ていたのに、それがガタつくようになってきたんです。ちょろちょろ、ぐずぐずと、経血が続く感じも出てきました。
以前は、生理前は不調でも、生理が始まるとスカッと「晴れる」感じがありました。体調が切り替わる感覚があったんです。でも最近は、生理が来てもあまり晴れない。生理前ももたつくし、イライラするし、生理中もすっきりせず、身体が重い、むくむ、という感じが続いています。年齢の影響もあると思いますが、この数年は仕事も育児も含めて、とにかく忙しいんです。年齢によって回復力は落ちていくのに、忙しさは増していて、身体が追いついていないのかなと思います。
生理をふりかえって、いま何を思いますか?
改めて振り返ると、これまで30年以上も生理と付き合ってきたんだと思うと感慨深いです。当たり前のように毎月来ていた生理と、そんなに長く一緒にいたんだ、と。
もっと早く知っていればよかったと思うこともあります。私はズボラだったので、吸水ショーツみたいなものがもっと早くあったら、もう少し軽やかに過ごせたのかもとか。あと、今、女性の健康課題と向き合う仕事をしているので、生理の過ごし方だけじゃなくて、自分の身体のことや、そういったことを話せる空気や知ることができる環境も大切だと思います。
注釈:「わたしの生理」では、いろんな世代・環境の方が、生理とどのように向き合って暮らしてきたのか記録し共有することで、隠されがちな生理を考えて話すきっかけにしたいと取り組んでいます。特定の商品やサービスまたは対処法を推奨するものではありません。掲載されている内容はその方個人の体験ですので、感じ方には個人差があります。気になる症状などがある際はご自身で医療機関にご相談ください。