わたしの生理

生理の状況や感じ方は、人それぞれ。表に出てきづらいデリケートでプライベートなことだからこそ、ひとりひとりの生理の経験、心の声に耳を傾けることで、自分を大切にするきっかけに。生理を通して半生を綴るインタビュー。

わたしの生理 Vol.047 - もしかして更年期? 30代半ば、生理とともに たたみかけた体の異変

村上茉莉 36歳 Chocolate Inc. CEO

初経:小学5年生(10〜11歳)

現在の平均生理日数:5〜7日

現在の平均生理周期:30日

現在使っているサニタリーグッズ:月経カップ、ナプキン、タンポン、吸水ショーツ


生理はどんな日ですか?

最近は厄介な日


生理と聞いて浮かぶイメージは?

痛み


これから生理を軸にご自身の半生をふりかえっていきたいと思います。はじめての生理はいつでしたか?どんなはじまりでしたか?

初経が来たのは、小学5年生くらいの頃だったと思います。 
学校のトイレで、下着に血がついているのに気づき、生理がきたとわかりました。

生理というもの自体は、友達との会話や、どこかで見聞きした情報で、なんとなく知っていました。なので、強く驚いたり、不安になったりすることはなく、「あ、これが生理なんだ」と、淡々と受け止めていたと思います。

その後、家に帰って、母に伝えて、ナプキンをもらって過ごしました。赤飯など特別なことは何もありませんでした。汚れてしまっていたので、「どうにかしないといけない」という現実的な感覚の方が強かったです。


小学生の頃、生理はどんな存在でしたか?

初経のあと、生理は比較的早い段階から定期的に来るようになりました。 
ときどき2週間くらい遅れることはありましたが、大きく乱れることはありませんでした。ずれても、次の周期からは通常に戻る、という感じでした。
生理痛もほとんどありませんでした。

ただ、経血量は小学生の時点で多い方で、漏れてしまうことは日常茶飯事でした。
ナプキンを2枚重ねにしたり、トイレットペーパーを何重にも巻いてナプキンの上に重ねたり、自分なりに工夫をしていました。昼間でも漏れてしまうことはありましたが、落ち込むというより、「仕方ないよね」という感覚に近かったです。

学校では、生理の話をみんなでオープンにするような雰囲気はありませんでした。女子校でしたが、生理の話題は女子同士でもひそひそとした空気感があって、私自身も、誰かと積極的に生理の話をした記憶はありません。

あるとき、学校のトイレでナプキンを取り替えて個室から出たら、友達に「もう生理始まってるんだね」と言われたことを覚えています。私のナプキンを剥がすベリベリって音や、捨てるときの音で気づいたみたいで、私は周りの人に生理が来ているか、まったく気にしたことがなかったので、意外と周りの人の生理を気にしている人がいることに驚きました。


中学生の頃、生理との距離感は変わりましたか?

中学も女子校に進学しました。中学生になっても、生理そのものに大きな変化はありませんでした。生理痛も生理不順もほとんどなく、「はいはい、また来たね」という感覚でした。経血量は相変わらず多く、学校の椅子に経血が付いてしまったこともあったと思います。

制服のスカートは紺色で、漏れてもシミが目立たないで済んだことは不幸中の幸いでした。薄い色だったら大変だったと思います。

周りを見ていると、ナプキンを剥がすときや捨てる音、ポーチを持ってトイレに行くことを、すごく気にする子もいました。先生がポーチを持っているだけで、「今生理なんじゃない?」と噂する声があったのも覚えています。私は、「どうでもよくない?」と思ってしまうタイプだったので、そうした空気にこの頃も少し不思議さを感じていました。  

生理は当たり前に来るものだし、仕方のないもの、という感覚が自分の中ではずっと強かったです。


高校生の頃、環境が大きく変わった中での生理は?

高校も地元の女子校に進学しました。そして、高校2年生のときに親元を離れて、アイルランドに留学しました。1年後に帰国して日本の高校に戻るか、そのまま留学先にて高校を卒業するか、1年留学した上で選べる制度だったのですが、私はそのまま現地に残ることを選び、アイルランドの高校を卒業し、そこで大学進学もして、高校・大学と合わせて約5年間をアイルランドで過ごしました。

海外留学をしたのは、育った環境が大きかったと思います。父は仕事柄、海外に行くことが多く、母も学生時代に留学していました。私も幼い頃から海外に連れて行ってもらう機会があり、自分にとって海外は遠い存在ではありませんでした。学校でも中学生くらいから、周りの友達が留学し始めていたこともあり、「私もいつか海外に行くんだ」と思っていて、高校になった頃には「そろそろ行きたい!」という気持ちになり、実現しました。

アイルランドでの生理は、とても寒いので冷えて腰が痛くなることはありましたが、他には変化は特になく、周期が乱れたり、生理痛が著しく激しくなるということはありませんでした。

生理用品は現地で調達していました。アイルランドのナプキンは、日本のものに比べると薄くてペラペラしている印象でした。経血量が多い私にとっては、日本のふかふかしたナプキンの方が安心感がありました。
アイルランドでは、日本よりもタンポンが普及していました。タンポンの存在は知っていたけれど、使ってみようとは当時思いませんでした。

また、アイルランドに限らず、ヨーロッパは当時からピルが普及していました。生理の不調や避妊のために、高校生くらいからピルを飲む人も多く、私も飲み始めました。このときに初めて婦人科に行きました。

生理の不調はとくにありませんでしたが、寒さの影響なのか、ときどき血尿が出るようになりました。現地の友達に相談すると、クランベリージュースを勧められて、試してみたところ、自分には合っているように感じて、それから重宝しました。 


大学・大学院に進学して、人生の軸を考え始めた頃

アイルランドの大学に進学し、国際関係学を学びました。
現地でさまざまな国の友人ができて、一緒に過ごす中で、差別に直面している友人の姿を見ることがありました。

特に白人の友達と一緒にいるときと、アフリカ系の友人といるときでは、街中で受ける扱いがまったく違うんです。アフリカ系の友人が、理由もなく警察に止められたり、心ない言葉を浴びせられたりする場面に遭遇することは一度や二度ではなくて、強く心に残っています。

「なぜ、この人たちは、こんな思いをしなければならないんだろう」  そう感じたことから、もっと学びを深めたいと思うようになりました。

3年で大学を卒業して、日本に戻り、大学院に進学しました。これまで海外で国際関係学を学んできたけれど、自分は日本人なのに日本のことをよくわかっていないと思い、日本の視点から国際公共政策を学びたいと思ったからです。

この頃のことで、生理に関するエピソードを思い出しました。
日本に戻って大学院に入る前に、同じ大学院に進学することが決まっていた男性の知人と食事をしたのですが、その最中に急に生理が始まってしまい、運悪くナプキンを持っていませんでした。そのまま食事を続けるわけにもいかず、慌てて打ち明けたら、その友人は、ナプキンを買いに行こうか?と気遣ってくれたのですが、そのときに「生理って、事前に分かって準備できないの?」と、悪気なく聞かれたんです。 

その言葉が、なぜか強く印象に残っています。生理についての知識が、社会の中でどれほど共有されていないかを、実感した瞬間でした。


社会人になる前、ひと息ついた時間と生理のこと

2年で大学院を修了し、日本で就職が決まりました。大学院の同級生はほとんどが官僚を目指す環境でしたが、私は民間企業で働く道を選びました。

大学院の卒業は3月でしたが、就職先が外資系企業のため、入社時期は春と秋のどちらかを自分で選べました。私は秋入社を選んで、この期間に3か月ほどブラジルに行きました。

旅行に行く前に、友人たちから、「ブラジルに行くなら、タンポンが便利だよ」と勧められました。そもそもアイルランドにいた頃、日本よりタンポンが多く売られているのは見ていましたが、自分で使おうとは思っていませんでした。
友人から強く勧められたこともあり、ブラジル行きをきっかけに、初めてタンポンを使いました。実際に使ってみると、「あ、こういうことか」と腑に落ちる感覚がありました。移動が多い旅の中で、漏れにくいことや、交換のしやすさは安心材料でした。

学生から社会人へ切り替わる前のこの時期は、生活のリズムも、体との付き合い方も、少しずつ変わり始めた時期だったと思います。


外資系コンサルティングファームで働き始めて

ブラジルから戻り、新卒として外資系のコンサルティングファームに入社しました。

仕事は忙しく、スピード感のある毎日でしたが、生理については、特別に困ることはありませんでした。経血量は相変わらず多いものの、痛みはほとんどなく、「生理は来るもの」という感覚のまま過ごしていました。

胸の張りやニキビで、そろそろ来るな、と分かる程度で、仕事を休むほどの影響はありませんでした。この頃は、生理にあまり意識を向けることなく、目の前の仕事に集中していたと思います。若さゆえの体力気力で乗り切ることができていたのだと思います。


二社目の外資系コンサルでの時間

その後、別の外資系コンサルティングファームに移りました。27、28歳のときだと思います。今度の会社はスタートアップ系で、とても忙しかったけれど、新規事業や経営企画に近いプロジェクトが多く、面白かったです。

環境が変わっても、生理そのものは大きく変わりませんでした。経血量の多さは変わらず、生理は「来るもの」として、仕事を続けていました。


30代前半、会社を辞めてフリーランスに

30代前半で、その会社を辞めることを選び、フリーランスになります。

元々、いつか自分の会社を持ちたいという気持ちが小さな頃からあったのですが、何をするか定まっていませんでした。所属している会社での仕事ではクライアントに喜んでいただくことにやりがいを感じていたものの、自分にとって興味がない領域のプロジェクトに関わることもあるわけで、だったら自分の関心領域のプロジェクトを受注する形がいいなと思って、フリーランスのコンサルになろうと思いました。

この頃も、生理については、相変わらず「厄介だけど、仕方ないもの」という位置づけで、特に生理や体調の変化もまだなかったと思います。


女性の健康課題に取り組むスタートアップとの出会い

フリーランスとして仕事をする中で、女性の健康課題に取り組む日本のスタートアップに関わり始めました。私にとってすごく興味があるテーマで、最初は限定的な業務を請け負っていましたが、関心とやりがいの両方があって、次第に関わる時間が増えていきました。その中で、月経カップなどの選択肢にも出会いました。

月経カップを使い始めたきっかけは、旅行中のサウナです。私はサウナが好きなのですが、旅行中に「生理と重なってしまったけれど、サウナにどうしても入りたい」という場面がありました。遠方にいたこともあり、その場で月経カップを取り寄せて使ってみることにしました。月経カップユーザーの友人がいたので、教えてもらいながら、使うことができました。最初は、うまく使えず戸惑いましたが、入れてしまえば、生理の存在をほとんど感じずに過ごせることに驚きました。


30代になって、生理痛で鎮痛薬が必要になった

女性の健康課題に取り組むスタートアップとの関わりが深まる中で、そこでの雇用形態も変わり、フルタイムで参画するようになりました。そして経営者の一人として関わることになりました。

記憶がないくらいの忙しさや、仕事の責任が増えたプレッシャーもあって、体調に異変が出る様になり、ストレスで胃潰瘍にもなりました。私は結構我慢強い方だと思うのですが、ご飯が食べられなくなって、やたらゲップがでるようになって、これは内臓が完全におかしいぞと思って、病院に行ったら胃潰瘍でした。血尿も出たりと、自分が感じていた以上に身体に大きな負荷がかかっていたことに気づきました。

一方で、この頃も生理に変化はありませんでした。

ただ、この頃生理が来る度に感じていたことがあります。
生理が来るたびに、「また卵を失った」と感じて、トイレの中で経血のついた下着を見つめることもありました。いつか子どもがほしいと本能的に思っていたため、それが漠然と遠のいていく感覚だったと思います。


30代半ばになって、生理痛で鎮痛薬が必要になった

その後、会社の状況が変わり、そのスタートアップを離れることになりました。そして、前職の同僚と2人で会社を立ち上げ、現在はその会社を経営しています。

この頃、体調に異変が起きました。
眠気が激しくなって、一日中ずっと寝てしまったり、外出時でも急に気を失うように眠ってしまったり、喉がずっと腫れて痛みがあったり、むくみが激しくなったりなどの症状がありました。病院で調べた結果、甲状腺細胞に異常が見つかりました。

忙しい日々から少し落ち着いたことで、これまで蓄積していた疲れがドバッと出たのかもしれません。

その後しばらくして、生理にも異変が起きました。
生理が始まると、歩けないほどの強い痛みを感じるようになり、吐き気を伴うこともありました。それまで、生理痛で痛み止めを飲むことすらなかったので、その変化には戸惑いました。「生理痛が辛い」「生理で寝込む」というような、生理が重い人たちの感覚が、初めてわかるようになりました。

さらに、動悸や急な不安感などの不調も発生して、30代半ばにして更年期障害になったのかもしれない、と感じるようになりました。打ち合わせに集中したいのに、動悸が止まらなくて焦ったりと、このままでは周りの人たちに迷惑をかけてしまうから、どうにか対処したいと思ったのですが、医師によると、私の身体の状態を総合的にみると更年期障害には当てはまらないらしく、その診断は下せないと言われました。そのため、自分でできる対応をしようと思い、PMSや更年期の症状を緩和する市販薬を飲み始めました。すると、症状は少し緩和されました。

長年「問題なく付き合えている」と思っていた生理が、人生のフェーズによって、こんなにも変わるのだと、身をもって知った時期でした。


生理をふりかえって、いま何を思いますか?

長い間、生理は「当たり前に来るもの」で、あまり意識を向けてきませんでした。漏れるから厄介、という程度の存在だったと思います。

けれど、痛みが強くなり、さまざまな体調の変化を感じるようになってから、ようやく生理と向き合うようになりました。恵まれていたことは、失ってから気づく、という感覚に近いのかもしれません。

これからも、生理や体調は変わっていくと思います。その時々の自分の状態を無視せず、仕事や生活と折り合いをつけながら、付き合っていけたらと思っています。


 

注釈:「わたしの生理」では、いろんな世代・環境の方が、生理とどのように向き合って暮らしてきたのか記録し共有することで、隠されがちな生理を考えて話すきっかけにしたいと取り組んでいます。特定の商品やサービスまたは対処法を推奨するものではありません。掲載されている内容はその方個人の体験ですので、気になる症状がある際はご自身で医療機関にご相談ください。

 


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