わたしの生理

生理の状況や感じ方は、人それぞれ。表に出てきづらいデリケートでプライベートなことだからこそ、ひとりひとりの生理の経験、心の声に耳を傾けることで、自分を大切にするきっかけに。生理を通して半生を綴るインタビュー。

わたしの生理 Vol.045 - 生理中に突然起きる 強い吐き気と痛み やり過ごしながら生きてきた

梅津和佳奈 42歳 Chocolate Inc. CCO

初経:小学6年生(11歳)

現在の平均生理日数:7日

現在の平均生理周期:35日

現在使っているサニタリーグッズ:月経カップ、吸水ショーツ、使い捨てナプキン


生理はどんな日ですか?

怖い

生理と聞いて浮かぶイメージは?

お腹痛くならないで(祈り)


初経は小学6年生。当時は鼻水が出るくらいの感覚だった

初経がいつだったかは、正直あまり覚えていませんが、小学6年生だったと思います。覚えていないのは、自分の人生にとって、特別な出来事だったという感覚がなかったからだと思います。嫌だったとか、嬉しかったとか、そういう感情も特になくて。

最初は母親に伝えると「そうなのね、困ったことがあったらすぐ言ってね」と受け止めてもらって終わりました。その際に、母の生理について少し聞いたような気がしますが、詳細は覚えていないですね。

小学生のときは、学校生活で困った記憶もほとんどなく、生理は「鼻水が出る」みたいな感覚に近かった。ただ、生理用品を持たなきゃいけない、という違いがあるだけでした。


中学生の頃、少しだけ嫌な存在だった生理

生理痛が出るようになったのは、中学生になってからです。
お腹が痛いな、いつもと違うな、という感覚はありましたが、我慢できる程度でした。だから、体育を休むこともなく、薬も飲んでいなかったと思います。

ただ、生理に対して「ちょっと嫌だな」と思うようになったのは、この頃でした。

家から学校までは徒歩で45分ほど。北海道なので、冬は雪もあって、本当に大変でした。重たいリュックを背負って遠い道のりを歩く生活に、生理が重なると、それだけで気持ちが沈みました。

部活には入らず、代わりに先生に勧められて生徒会に入っていました。部活に入らなかった理由は、一刻も早く家に帰って、自分の好きなことをしたかったから。

その「好きなこと」というのが、ファッションのことを勉強したり洋服を作ることでした。小学生の頃から縫い物が好きで、当時からミシンも使っていました。自分のイメージするものを自分で作りたいという気持ちで、とにかく洋服のことを考える時間が大好きでした。


高校生の頃、日常を脅かす存在に...

高校生になって、生理が一気に重くなりました。

ある日、家で「お腹が痛いな」と思った瞬間に、強い吐き気をもよおして、その場で吐いてしまったんです。冷や汗が出るわ、下痢にもなるわで、横になっていないといられない。

母親が「足がすごく冷たいね」と言って、カイロをたくさん貼って、足をさすって温めてくれました。それでも吐き気は止まらなくて、10回くらい吐いて、出るものが全部なくなったタイミングで、パチンとスイッチが切れるみたいに眠ってしまう。

3時間くらい寝て起きると、嘘みたいにすっきりしている。
そんな生理を、突然経験しました。

それが毎回起きるわけではなく、最初は3ヶ月に1回くらい。その後、半年に1回になったり、1年以上起きなかったりと、時期によって間隔は変わっていきました。

ただ、「いつ来るか分からない」という怖さはずっとあって、生理が来るたびに身構えるようになりました。

ただ、だんだんと吐きそう、倒れそうになるときに、体の予兆が分かるようになってきました。冷えが強いとき、疲れが溜まっているとき、「今日はやばいかも」という感覚がある。そういうときは、早めに帰る、無理をしない、と自分なりに対処するようになっていました。

経血量も多く、30センチ未満のナプキンで足りる生理はほとんどありませんでした。
母親とは「これで足りる?」「もっと大きいほうがいい?」という会話を普通にしていました。

バイト先でも症状が出ることがあったので、水やタオル、吐くための袋などをまとめた“セット”をロッカーに入れておいて、「何かあったらこれを持ってきてください」と伝えていました。自分が安心するための準備でした。


運動習慣で変化が起きた、大学生時代

高校卒業後は、道内の大学に進学しました。ずっと洋服が好きだった流れで、服飾の学校に進もうと思っていましたが、だんだんと、「自分は服そのものより、何かを動かす側になりたいのかもしれない」と思うようになり、大学で経営学を学ぶことにしました。
将来、自分で何かをやるなら、感覚だけじゃなく、仕組みを知りたいと思ったからです。

大学に入ってから、初めてしっかり運動をするようになりました。
スノーボードを始めて、冬はほぼ毎日のように通っていました。

体を動かすようになって、「体力がつくと、生理が変わる」という感覚を初めて持ちました。運動していると、生理痛が弱まっているような気がするのです。血の巡りや筋肉の影響なんだろうな、と体感として理解した時期でした。


忙しさと生活習慣で重くなった、社会人の生理

大学を卒業して、北海道で就職しました。はじめて実家を離れて、会社の近くで一人暮らしをしながら、化粧品関係の小さな会社で働き始めました。

会社はとにかく忙しかったけれど、仕事は本当に楽しかったです。ものづくりに近い仕事で、企画を考えたり、今まで好きで通っていたお店の製品開発に関わったり、形になっていくことにやりがいを感じました。

ただ、忙しくなったこともあってか、生理はまた重くなりました。大学時代のように運動する時間はなくなり、生活は仕事中心。冷えや疲れも重なっていたと思います。

会社には、生理が重いことは伝えていました。女性が多い職場だったので理解はあって、吐きそうなときや倒れそうなときは、トイレに籠りながらやり過ごしていました。

北海道という寒い土地で、さらに仕事でも寒い場所で仕事する機会が増え、このまま生理を放っておくのはまずいと思い、20代後半になって、初めて婦人科に行きました。ピルを処方してもらいました。ピルを飲んでいる間は確かに楽になりました。

でも仕事最優先だった当時は、定期的にピルをもらいに行くのが難しく、途中で辞めてしまいました。今みたいにオンライン診療もなく、仕事を抜けて病院に行く余裕もなく、継続する状況ではありませんでした。


忙しさが加速した東京転勤

30代前半で、会社の事業拡大に伴って東京に転勤しました。少ない人数で、新しい立ち上げの仕事が多く、北海道にいたとき以上に忙しくなりました。

東京の職場でも、生理が重いことは周りに伝えていました。ある日、会社の近所を歩いていたときに激しい腹痛に襲われ、道端でうずくまり、どうにか連絡して迎えに来てもらったこともあります。

婦人科を受診する余裕もなく、この頃は生理が来るたびに、「今日はひどくなりませんように」と祈るような気持ちで過ごしていました。


コロナ禍で楽になったこと、そして救急車で運ばれたこと

コロナ禍になって、働き方が大きく変わりました。それまで当たり前だった出勤がなくなり、家で仕事をする時間が増えました。
移動がない。横になれる場所がすぐ近くにある。ちゃんとご飯を食べられる。
それだけで、体への負担が明らかに減りました。生理に対する不安も、正直、少し楽になった感覚がありました。

「生理が来ても、ここにいられる」その安心感は、それまでに感じたことのないものでした。

ただ、その一方で、コロナ禍のその時期に、救急車を呼ぶことになります。
その日も、生理が重くなりそうな予兆がありましたが仕事が忙しくて薬を飲むのが遅かったのです。その結果、ひどい腹痛と吐き気、冷や汗が出て目の前が暗くなるような感覚がありました。

自宅で、「このままだと気を失う、これはもう無理だ」と思い、救急車を呼びました。電話をした時は、どうなってしまうのか怖い、という感覚に近かったです。

救急車で運ばれている途中、少しずつ体が落ち着いてきて、病院に着く頃には、さっきまでの状態が嘘みたいに和らぎ、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。

念の為到着した病院で医師に診てもらうと、「生理でこういう症状が出る人は、わりといますよ」「珍しいことではないです」 と言われました。

長年、仕事中心の生活でやっと少しだけ自分の時間を作れるようになった期間で起きた出来事だったからこそ、「環境を整えても、起きるときは起きるんだ」という現実を、強く突きつけられた気がしました。

ただ、医師から「薬は痛くなる前に飲んでください」と言われ、痛くなる前?!と驚いたことを覚えています。もっと早く病院に行き、相談していたら得られた情報だったのかな、と思ったことを覚えています。


自分の心身とはじめて向き合った

30代後半になると、忙しさや責任も増えて、心身への負担が限界に近づいている感覚がありました。あるとき、体調を崩して1ヶ月ほど休むことになり、その時間の中で、初めて立ち止まって考えました。

「ずっと心身のことを後回しにして働いてきたな」「このまま続けたら、どうなるんだろう」と思ったんです。仕事は好きでしたし、やりがいもありました。好きだからこそ無理をし続けてきた自身のことに、目を向けざるを得ない期間でした。

そして、30代終盤で、新卒から20年近く勤めてきた会社を辞める決断をしました。


女性の健康課題に取り組む仕事へ

会社を辞めたあと、自分のこれまでを振り返る中で、「生理や体調のことで、苦しんできたのに、社会はあまり変わっていないのでは?」という思いが強くなっていきました。

転職活動の中で、女性の健康課題に取り組む会社と出会い、入社。そこで約2年間、働きました。ここで初めて女性特有の体の仕組みや疾患、考え方、様々な選択肢があることも知りました。

30代後半で、やっと自分の体のことを少し知ることができたのです。自分がこれまで抱えてきた想いを、伝える側で仕事をさせてもらったことは、とても貴重な経験でした。

「この場所で自分ができることはやった」 そう思えるところまでやり切って、次に進みたいと思い、会社を辞めました。
その後、前職の同僚と2人で、会社を立ち上げました。これまで培ってきたものづくりや企画、制作力を生かして、さまざまな会社さんのサポートを行っています。

これまでの経験を全部持ち寄って、試しながら形にしていく。
働き方も、体との付き合い方も、ようやく自分で選んでいる感覚があります。


生理をふりかえって、いま何を思いますか?

まだうまく付き合えているとは言えないかもしれないです。
生理とはいつも向き合わなければいけなかったし、自身に意識を向けるきっかけになっていたと思います。

これからも、完全にコントロールできるものではないけれど、うまく付き合っていきたいな、と思っています。



注釈:「わたしの生理」では、いろんな世代・環境の方が、生理とどのように向き合って暮らしてきたのか記録し共有することで、隠されがちな生理を考えて話すきっかけにしたいと取り組んでいます。特定の商品やサービスまたは対処法を推奨するものではありません。掲載されている内容はその方個人の体験ですので、気になる症状がある際はご自身で医療機関にご相談ください。

 


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